・認知症が進むほど「正しさ」で説得しようとすると逆効果になりやすい
・否定より「共感」を優先すると、その場の混乱が収まりやすい
・頭で分かっていても、家族自身が感情的になる場面は何度もある
「なんでそんな簡単なことが分からないの」――そう思ってしまった瞬間が、正直何度もありました。認知症の親と接する中で一番苦しかったのは、症状そのものより「正しさをぶつけても意味がない」と受け入れるまでの葛藤でした。
「間違いを正す」ことが最優先になっていた
症状が出始めた頃、家族としてまずやっていたのは「間違いを正す」ことでした。
事実と違うことを言われれば訂正し、辻褄が合わないことがあれば説明する。ごく自然な対応のつもりでした。
しかし、これを繰り返すうちに気づいたのは、訂正すればするほど、本人が混乱したり、不機嫌になったりする場面が増えていったことです。
本人にとっては「今、感じていることが事実」
認知症が進むと、記憶や認識のズレが本人の意思とは関係なく起こります。
家族から見れば明らかな勘違いでも、本人にとってはそれが「今、目の前で起きている現実」です。
そこに正論をぶつけることは、本人からすれば「自分の感じていることを頭から否定された」という体験にしかなりません。
「共感」を優先するように変えてみた
試行錯誤の末、対応を少しずつ変えていきました。
事実の訂正よりも、まず「そう感じているんだね」「それは不安だったね」と、感情の部分に寄り添う声かけを意識するようにしたのです。
これだけで、その場の混乱がすっと収まることが増えました。事実は変わらなくても、本人の「分かってもらえた」という安心感が、状況を落ち着かせる鍵になっていたのだと思います。
それでも感情的になる自分がいた
こう書くと綺麗にまとめたようですが、実際にはうまくいかない日の方が多かったです。
同じことを何度も聞かれたり、理不尽に怒られたりすると、頭では「正論はダメ」と分かっていても、つい強い口調になってしまうことがありました。
そのたびに自己嫌悪に陥りましたが、これは「介護あるある」として、多くの家族が通る道なのだと、後になって知りました。
一人で抱え込まないための工夫
我が家では、対応がうまくいかない日があっても、家族内でその日の出来事を共有するようにしていました。
「今日はこう言われて、こう対応したらうまくいった/いかなかった」という小さな記録の積み重ねが、少しずつ家族全体の対応力を上げてくれたように思います。
一人で完璧に対応しようとせず、家族やケアマネージャーと情報を共有しながら、少しずつ正解に近づいていく――そんな向き合い方が、結果的に一番長続きすると感じています。
次回は、デイサービスで「出入り禁止」になったときの対応について書きます。
(本記事は個人の体験に基づくものであり、医学的な助言を目的としたものではありません。対応に迷う場合は主治医・ケアマネージャーにご相談ください。)


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