「寄与分」は本当に認められるのか―介護をした側が知っておくべき現実

通帳や電卓、書類が置かれた机のイラスト 相続・遗言・後見人制度
【3行まとめ】
・「介護を頑張った分、相続で多くもらえるはず」は思っているより認められにくい
・「特別の寄与」のハードルは高く、客観的な記録が重要
・制度に期待しすぎず、記録を残すことが自分を守る一番の手段

「介護を頑張った分、相続で多くもらえるはず」――そう思っている方は少なくないと思います。私自身もそう考えていました。しかし実際に調べ、きょうだいとの話し合いの中で突きつけられたのは、想像以上に厳しい現実でした。

「寄与分」とは何か

寄与分とは、相続人の中に被相続人(亡くなった方)の財産の維持・増加に特別に貢献した人がいる場合、その貢献分を相続の取り分に上乗せできるという民法上の制度です。「介護を頑張ったのだから、その分多くもらえるのでは」という発想の根拠になる制度ではあります。

ところが「特別の寄与」のハードルは高い

問題は、この制度が想定している「特別の寄与」のハードルが、一般的なイメージよりもかなり高いという点です。

一般に、家庭裁判所の実務では、以下のような要素が重視される傾向があるとされています。

・同居して身の回りの世話をした程度では、通常の扶養義務の範囲内とみなされやすいこと
・「特別の寄与」と認められるには、長期間(目安として1年以上など)にわたり、施設やヘルパーをほとんど利用せず、無償に近い形で介護を担っていたといった、相当高いレベルの負担が求められること
・いつ、誰が、どのような介護をどの程度行ったかについて、客観的な記録(介護日誌、通院同行の記録、費用負担の記録など)による裏付けが必要になること

つまり、「実家の隣に住んでいて、日常的に世話をしていた」という程度の負担では、法律上の「寄与分」として認められるのは簡単ではない、というのが実務上の感覚に近いようです。

「特別の寄与」が認められにくい主なポイント

☐ 同居して身の回りの世話をした程度は「通常の扶養義務の範囲内」とみなされやすい

☐ 施設やヘルパーをほとんど使わず、長期間(目安1年以上)ほぼ無償で介護した実績が求められる

☐ いつ・誰が・どんな介護をどの程度行ったか、客観的な記録による裏付けが必要

実際にきょうだいとの話し合いで直面したこと

私自身、実際の介護負担を理由に相続の取り分について相談を持ちかけたところ、専門的な知識を持つ親族から、まさにこの「寄与分のハードルの高さ」を根拠にした反論を受けました。いつ、どのような介護をしたか実績を示すよう求められ、感情的な話し合いになってしまった経験があります。

この経験から学んだのは、「介護をしている最中から、意識的に記録を残しておくことの重要性」です。感覚的には「これだけ大変な思いをしてきたのだから当然分かってもらえるはず」と思っていても、いざ話し合いの場になると、客観的な記録がなければ主張として弱くなってしまいます。

今から介護をしている人へ

もし今、親の介護をしている最中であれば、将来の相続で揉めるかどうかにかかわらず、次のような記録を残しておくことを強くおすすめします。

・介護に費やした日時・内容の簡単な記録(介護日誌アプリやカレンダーへのメモでも可)
・通院同行や施設とのやり取りの記録
・介護費用の立て替え・支出の記録(レシート・通帳の記録など)

これらは「寄与分」の主張のためだけでなく、後できょうだいから「お金の使い方が不透明だ」といった疑いをかけられた際に、自分自身を守る記録にもなります。

制度に期待しすぎない、という心構え

「頑張った分は報われるはず」という気持ちは自然なものですが、法律上の制度は必ずしもその気持ちに寄り添ってくれるとは限りません。制度に過度な期待をせず、実際にどこまで認められうるのかを早い段階で知っておくことが、後々の心の負担を減らすことにつながると感じています。

次回は、遺言書や後見人制度について、実際に親族から提案された経験をもとに解説します。

(本記事は個人の体験と一般的な情報整理を目的としたものであり、法律上の助言ではありません。個別の相続については必ず弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。)

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